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zoom RSS 江戸時代からすでに「先進国」だった日本

<<   作成日時 : 2015/03/04 16:55   >>

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三橋氏の定義では、日本は江戸時代からすでに先進国だったそうです。

【三橋貴明】黒船と零戦  (三橋貴明の「新」日本経済新聞)

「先進国」の定義は何でしょうか。もちろん、皆様お一人お一人が個別の「先進国の定義」を持って構わないのですが、三橋は、
国民の需要(名目GDP)を、国民の供給能力(潜在GDP)で満たすことができること
と定義しています。特に、国民の「食」の需要を、国民の農産物の生産能力(供給能力)が満たすことができない場合、国民が「飢える」という話になってしまいます。もちろん、単に食料を生産するだけではダメで、流通や加工、小売といった「二次産業」「三次産業」の供給能力も十分でなければなりません。

農地で農産物を生産したとしても、それを消費地に運べないのでは、国民が飢えるという状況は改善されません。農産物を消費地に運べないとは、もちろん内乱や騒乱で不可能という状況もありますが、例えば「道路に代表されるインフラがない」「トラック等の輸送手段がない」「トラックを運転できるドライバーがいない」といったケースも、やはり同じ話になります。

あるいは、国民の「家を建てたい」「道路が欲しい」「高層ビルを建築したい」「橋を架けて欲しい」といった需要を、国民の供給能力で満たせない場合も、やはり発展途上国です。日本のゼネコンが、アジア諸国などの橋の建設、高層ビルの建設などを受注していたのは、相手国に「巨大な橋やビルを建築する技術、人材、ノウハウが不十分」だったためなのです。すなわち、発展途上国向けの支援だったという話になります。

そう考えたとき、実は我が国は戦前はもちろんのこと、江戸時代からすでに「先進国」だったことになります。
何しろ、江戸時代の日本はオランダや清など、一部の国を例外に、貿易を行っていませんでした。国内の資源を活用し、国内の供給能力のみで、国民の需要を満たし、高度な文明を築き上げていた以上、江戸期の日本について「非・先進国」あるいは「発展途上国」と見做すのは、明確に間違いだと思います。
江戸時代の江戸(現、東京)の人口は、ロンドンやパリをしのぎ、世界一だった可能性が極めて濃厚なのです。十分な供給能力なしで、世界一の都市を維持・発展させることなどできるはずがありません。

黒船が来航し、我が国は「発展途上国」の方向に進みます。理由は、技術力に秀でる欧米という「脅威」が出現し、安全保障という需要を一時的に満たせない状況になってしまったためです。

日露戦争において、日本が外債を発行し、英国などから軍艦を購入したのは、日本国民が高品質な艦船(海戦に勝てる艦船)を製造する技術を保有していなかったためです。

とはいえ、その後の日本は驚くべき速さで国内に投資を行い、各種の供給能力を蓄積していきました。明治期から問題を正しく認識していた政府は「富国強兵」というスローガンを掲げ、国民一丸となって供給能力の蓄積に励んだのです。

日本国は1940年には、当時としては世界最大であった戦艦大和を自力で進水させ、さらに世界で初めて「空母機動部隊」を運用します。同じく1940年に採用された零式艦上戦闘機は、実に2200キロの航続距離を誇り、戦闘能力においても、当初は連合国の戦闘機を圧倒しました。

零戦の総生産機数は、実に1万400機です。さらに、陸軍が開発した戦闘機「隼」は、総計で5700機が生産されました。戦前の日本が先進国でなかったならば、万を超える戦闘機を生産できるはずがありません。

さて、現在の日本は中国という仮想敵国を抱え、さらに首都直下型地震や南海トラフ巨大地震という脅威が迫り、安全保障という需要が膨れ上がっています。ある意味で、黒船来航後の日本と同じ環境に置かれているわけです。

かつて、欧米の脅威が迫り、安全保障という需要が拡大したとき、わたくし達の先祖は世界を驚愕させる速さで先進国に「戻りました」。先人たちにできたことが、今の日本国民にできないとは思えません。
しかも、現在の日本はデフレ期で、政府の需要創出が切望されている時期なのです。政府が創り出す需要は、もちろん安全保障関連で構いません

問題は、政府が上記の類の「現実」を理解していないという点ですが、それにしても我が国が他の国々よりも「幸運」であることは確かなのです。幸運を活用し、日本国の安全保障を強化し、我が国が将来的にも「世界に冠たる先進国(供給能力が十分な国)」であり続けるよう、国民一人一人ができることをやる必要があると思うのです。

  (http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/03/02/mitsuhashi-205/

歴史上ずっと国内需要を満たしてきた日本ですが、戦後から需要を満たそうという動きを妨げる勢力が顕在化し、日本の足を引っ張っているようです。
それは経済のみの問題ではなく、伝統文化の面でも同じではないでしょうか。

日本は変なことに囚われず、ずっとそうだったように人々の需要を満たそうとしていけば常に先進国であり続けるのではないかと思います。   
  

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