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zoom RSS 圧力のかかる「安倍談話」作成 2

<<   作成日時 : 2015/02/27 12:50   >>

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上島氏の「安倍談話に望むこと」第二弾です。

【上島嘉郎】【安倍談話に望むこと】(番外)「有識者懇メンバー、ホントに危険すぎる?」
    (三橋貴明の「新」日本経済新聞)

<一部抜粋>

いつもながら、はあっ!?と感じたのは、日刊ゲンダイ(Web版2月21日)で、《「戦後70年談話」有識者懇談会メンバーの危なすぎる発言録》との見出しで、
やはり、結論ありきのアリバイづくりは明らかだ」、座長に就く西室泰三氏はともかく、「他の懇談会メンバーは過去の発言を読む限り、安倍首相と考えが近い“右寄り”のお友達ばかり
だと決めつけました。

北岡伸一氏は、「テレビに出演した際には『歴代内閣の集団的自衛権に関する憲法解釈は間違っている』と主張。自衛隊の活動範囲についても『地球の裏側で行動することは論理的にあり得る。もっと乱暴に言えば、地球の外だってあり得る』と仰天発言し、

安倍首相と同様、早期の憲法改正を訴えている」人物で、中西輝政氏も「『SAPIO』(2月号)では、
<戦後70年の今年こそ、日本人は憲法改正に向け長い眠りから目覚めるべき>
<戦勝国により押しつけられ、主権や軍事力といった国家の基本的バックボーンを放棄した9条と前文がある限り、日本の平和と繁栄を安心して次の世代に受け渡せない>
と「歴史修正主義」を訴えるような“タカ派”で知られた論客だ」という。

さらに西原正・平和安全保障研究所理事長に対しても、同氏が産経新聞に書いた「『河野談話』をより正確なものに」と題するコラムに触れ、
「<河野談話には、不適切で信憑性が疑われる表現がある>と怒りをあらわにしていた。河野談話をハナから疑っているような人物をメンバーに入れるなんて正気じゃない」
と怒りを露わにする。

日刊ゲンダイの“芸風”といえばそれまでですが、私は、よくもまあここまでの決めつけ、放言ができるなと、我が国の言論の自由の有り難さを噛み締めるものです。
______________

田母神氏の政治資金の一部が使途不明になっている現在の問題は措きます。紙幅に限りがあるので、北岡氏のみならず当時の田母神氏への批判の多くが次の一点を無視したことを指摘しておきます。
正確にいえば、田母神氏はこう書いたのです。

もし日本が侵略国家であったというならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない

田母神氏は日本も侵略をやって構わなかったとは述べていない。「日本だけが」そう決めつけられるのは公平ではない、と主張しているのです。そして東京裁判が、「あの戦争の責任を全て日本に押し付けようとした」結果、「そのマインドコントロールは戦後六十三年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうと」していると。
______________

岡本氏が述べるように、慰安婦問題も、南京事件も、沖縄戦における住民の集団自決に軍命令があったか否かの問題も、歴史の事実よりも今日的な意味での主観が大事だということになれば、「客観」的な事実を提示して誤解を解こうという努力にはまったく意味がないということになります。

北岡、岡本両氏への批判が目的ではないので、両氏の発言の摘記はこれにとどめますが、歴史を「どのような主観をもって語っていると他人にとられるか」が「問題の核心」であったとしても、事実関係は重要で、棚上げしてよいことではない。これが私の立場です。相手に受け入れられることを前提にする限り、主観どころか事実を曲げることを是としなければならなくなるでしょう。

「村山談話」にしろ、民主党政権時代の「菅談話」にしろ、その正体は「相手に受け入れられることを前提」にした産物で、そこには我が父祖の名誉と未来の国人の可能性を守る意識はなかったと言わざるを得ません。一体誰のための何のための談話なのか。

日刊ゲンダイの「危なすぎる発言録」という煽りに対し、北岡、岡本両氏の発言を取り上げましたが、「植民地支配と侵略」を認めた村山談話について「非常に重要で、その立場は変えてはいけないと思っています」という古城佳子・東大大学院教授のようなメンバーもいます。

菅義偉官房長官は2月19日の記者会見で「今度の懇談会は70年の首相談話を書くことを目的としたものではない」と述べ、懇談会の提言は談話作成の参考にすぎないとの見方を強調しました。「談話を作成するのはあくまでも官邸(安倍総理)」ということですね。

安倍談話が村山談話の踏襲になるのなら、出す必要はありません。「日本を、取り戻す」ための匍匐前進となること。少なくとも日本国民の内なる歴史解釈権の回復に資するものにならねばかえって禍根を深くします。

  (http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/02/27/kamijima-2/

「他人の目を気にする態度」は他国に任せて、歴史の事実を「ど真ん中勝負」するのが日本の日本たる所ではないでしょうか。
プロパガンダやファンタジーではなく、真実を追求することで物事を向上させてきたのが日本の歴史であります。

「相手に受け入れられることを前提にする」のであれば、上島氏の言う通り談話は出さない方がよいと思います。
 

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