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zoom RSS 演劇は社会の縮図 スターと新自由主義

<<   作成日時 : 2015/02/22 00:03   >>

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この例えは新鮮でおもしろい。

【佐藤健志】<演劇的経済論>スター主義と新自由主義  (三橋貴明の「新」日本経済新聞)

<一部抜粋>

作品本位プロデュースで成功するには、優れた作品を取り上げるだけでは足りないんですね。
なぜなら優れた作品であればあるほど、ちゃんとした形で上演するには、役者やスタッフが高い技術を持っていなければならない
とくに役者は、脇役やその他大勢まで含めて、全員のレベルが高い状態でそろっていることが求められます。

要するに「舞台表現のインフラ(=基盤)」を整備する必要がある。
しかしこれは、公演組織の構築に始まり、トレーニングの方法論の確立、それに基づく役者やスタッフの育成といった、さまざまな大仕事を伴います。
一朝一夕にやれることではありません。
相当な規模の投資と、十年単位の時間がかかるのです。

くだんの整備ができていないまま、作品本位プロデュースなどやったら、無残に失敗するのは目に見えている。

ところがスター主義なら、インフラが整備できていなくとも、無残な失敗とはなりません
「作品がつまらなかろうが、表現のレベルが低かろうが、好きなスターが出ていれば良い」というお客様しか、どのみち観に来ないんですから。

スター主義は「インフラ整備の手間を省いたまま、そこそこ儲ける」チャンスを提供してくれるのです!
ただしこれには、以下の3つの弊害がつきまといます。

1)スターの基準は「人気があるかどうか」であり、「演技が上手いかどうか」ではない。よって人気さえあれば、メインキャストが下手でも良いことになりかねず、「舞台表現のインフラ」をさらに低下させる危険がある。

2)同様、観客が「好きなスターが出ていれば良い」と構えている状態では、スタッフの腕も磨かれにくい。だが優れた作品であればあるほど、上演には高いレベルの技術が要求されるのだから、これは「優れた作品はかえって取り上げられない」ことにつながる。
ゆえに「作品本来の魅力で観客を集める」という、本来なされるべき需要喚起はますます難しくなる。また比較的少ない上演回数で採算を取らねばならない都合上、入場料が割高になりやすく、その点でも需要は冷え込む。

3)スターの人気に頼っている以上、当然ながらスターのギャラは高くなる。よって他の役者(とくにその他大勢)のギャラは抑制されざるをえず、キャスト間の待遇格差が広がる。

インフラが悪化し、
需要は喚起されないか、下手をすれば冷え込み、
格差が広がる。

どこかで聞いたような話だと思いませんか?

そうです。
スター主義の弊害は、新自由主義に徹することの弊害と言われるものと、きれいに重なっているのです!

考えてみれば、当たり前の話。
現在の日本で新自由主義を唱えるのは、要するに
1)経済が「放っておいたら、拡大どころか縮小しかねない状態」(=デフレ状況)を脱していないにもかかわらず、
2)積極的な財政出動によって「成長のためのインフラ」を整備しようとしないまま、
3)それでも経済をどうにか成長させようと目論むことを意味します。

けれども演劇界におけるスター主義は、要するに
1)観客数が「放っておいたら、拡大どころか縮小しかねない状態」(=デフレ状況)を脱していないにもかかわらず、
2)作品本位プロデュースを可能にするための「舞台表現のインフラ」を整備しようとしないまま、
3)それでも利益をどうにか上げようと目論んだ結果のものなのです。

ちなみにスター主義のもとでは、「演技が下手でも人気さえあれば、主役を張って高いギャラを取れる」ことが起きます。
人気スターが主演しているだけで、つまらない作品がけっこうヒットする」ことも起きます。

これらはさしずめ「規制緩和によって自由化を進めれば、新たなビジネスチャンスがあちこちに生まれるので、ベンチャー的に起業しても大いに儲かる」と謳うことに当たるでしょう。
なるほど、そんな事例も出てくるに違いない。
しかしその背後には「インフラが悪化し、需要は喚起されず、格差が広がる」という問題がひそんでいるのです。

ついでにベンチャー的なビジネスは、えてして不安定なもの。
となると、真にしっかり儲かるのは、すでに基盤の確立されている一部の多国籍企業に限られることになるでしょう。
演劇界で目下、真にしっかり儲かっているのが、ブロードウェイウエスト・エンド(ロンドンの劇場街)で基盤の確立されている、一部の大型海外ミュージカルに限られるように、です。

演劇は社会全体の縮図。
「経済再生」や「日本再生」をめざすのであれば、いかに大規模な投資や時間が必要であろうと、インフラ整備の大仕事から逃げてはならないと思います。

  (http://www.mitsuhashitakaaki.net/2015/02/18/sato-32/

この例えが新自由主義の説明にどう有効なのかはよく分かりませんが、より身近な問題として分かりやすくはあるようです。

金融緩和ばかりではなく、インフラ整備などの公共投資(財政政策)が必要であるということなのですね。
いつまでも「公共投資のムダ」を叫ぶ勢力がいますが、それは状況次第であって現状は公共投資すべき時だと考えます。

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