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zoom RSS 「環境作り」が下手になった日本人

<<   作成日時 : 2014/12/26 15:25   >>

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日本人を活かす方法を日本人は忘れてしまったようです。
【施 光恒】年末愚考f(^_^)  (三橋貴明の「新」日本経済新聞)

<一部抜粋>

『 このなかで塩野氏は、社会にはだいたい三種類の人々がいると述べています。

第一層は「刺激を与えるだけで能力を発揮する人」
第二層は「安定を保証すれば能力を発揮するタイプ」
第三層は「共同体が福祉を保証しなければならない層だが、刺激を与えても安定を保証しても成果を出すことのできない人」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ただ、「安定」という言葉は意味するところが少し狭すぎる気がしますので、私なりに塩野氏の議論に手を加えれば、次のように言えるでしょう。

2割の人々(第一層)は、環境にあまり左右されずに能力を磨き、発揮できる
7割の人々(第二層)は、環境がある程度整えられてはじめて、能力を磨き、発揮できる
1割の人々(第三層)は、環境が整えられても能力を発揮することができない

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

少し前までの日本人は、「人間は環境に左右されやすい存在である」という認識を持ち、いろいろな人の境遇を踏まえ、意見を聞き、よりよい環境とは何かを模索してきました。そして、皆で相互に協力して目標となる状態を作り出し、整え、なるべく多くの人々の活力をできる限り引き出すように努めてきたのです。それが日本社会の発展につながりました。

しかし最近の日本では、「人間は環境から独立した存在であり、環境いかんに左右されるべきではない」というアメリカのエリート層の一部が好むような浅薄な人間観が流布しています。

日本人がせっかく秀でているはずの、多数の人々が能力を発揮できる「環境作り」の努力を半ば放棄し、7割の第二層の存在を認めず、これらの人々を2割の第一層の人々に改造することばかりに精を出しています。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

当然ながら、この改造の試みはうまくいかず、また「環境作り」もほぼ止めてしまった状態なので、結局、多数の人々が落ち着いて能力を磨き、発揮することのできない停滞した社会を作り出してしまっています…。  』
                                                                                                                                 

「有能な人が少ないのではなく、実力を発揮できる環境が整っていないだけの人が多数いる」ってことですね。

西欧風の個人主義を突きつめて、競争によって発展することを目指しているような現在。
非常に窮屈なような。
日本人には馴染めないのでは?

甘えているのではなくて、もっとおおらかな社会だったはずの日本を取り戻す方が有益なものと感じます。


  

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